聖地?巡礼の旅21

ここから第二期F1へ

第二期は1984年からスタートしてるケド

イキナリではなんなので国内外のF2クラスから参戦スタート

第二期F1参戦の特徴は第一期とは違いシャシーは作らず

既存のF1チームにエンジンだけ供給の「エンジンサプライヤー」としての参戦

ま、黄金期と呼ばれる時代だす

画像


恐らく海外のF2を戦っていたと思われるマシン詳細不明

画像


コクピット内

未だカーボンコンポジットモノコック構造が確立される前のシャシー

アルミハニカムとかの時代

画像


V6のターボエンジン

画像


JPSカラーのF2マシン マーチホンダ

中嶋が乗ってたらしい

じろう的にはJPSカラーはアイルトン・セナやエリオ・デ・アンジェリスが乗ってた

ロータスルノーがイメージ強いケド

ここへ行って初めてJPSカラーのホンダマシンを見た

画像


スパルタン過ぎ

画像


エンジン右端にチョコっと「mugen」って見えるね

画像


この辺からちょっと知ってるよ

ラルトホンダでしょ?

マイク・サックウェルが乗ってたヤツ

画像


ハイ!コレも知ってます

確かTBSかテレビ朝日で土曜の昼下がりに全日本F2レースを放送してたんだよ

中嶋悟が強すぎてつまらなかった記憶がある

じろう中坊の頃

画像


画像


画像


「POWERD BY HONDA」がイカす

画像


で、ついにF1へスピリットF1

もともとヨーロッパのF2チームだった同チームをホンダが説得してF1にステップアップしてきたチーム

なので一時期F1とF2を両方参戦してたみたい

今の時代の高コストのF1では考えられない、この時代ならでわのハナシ

このスピリットで現代F1を勉強して、言い方わるいけど踏み台になった気の毒なチーム

画像


画像


画像


んでコレが第二期で初優勝したウィリアムズホンダFW09

二代目「フライングフィン」ことケケ・ロズベルグのマシン

因みに三代目フライングフィンはじろうも大好きなミスター・クリーンファイト ミカ・ハッキネン

四代目は現在もF1参戦中の酔いどれフライングフィン キミ・ライコネン

フライングフィンって愛称で「世界的に活躍するフィンランド人」的な意味なんだそう

でも、フィンランド人って皆なまえの最後に「ネン」って付く人多いよね

因みにフィンランド語?で「ネン」は「○○に住む人」って意味らしい

しかも、そんなに人口多くないのにレーシングドライバー大過ぎ

ユハ・カンクネン、ヘイキ・コバライネン、トミ・マキネンetc

話が逸れたケド

画像


フィンランド人ドライバーが速い理由ってのがあって

なんでもフィンランドは冬の間は湖が凍って

冬のあいだは凍った湖が道路代わりになって

そこを通るモンだから、滑りやすい道には耐性が出来てて車をコントロールする力が付くんだそうな

で、上のロズベルグもマシンコントロールの技術はハンパなくて

ホンダのエンジニアが語ってたのは

F1チームは新型のマシンや装備をお金をかけて開発するんだけど

そこでの善し悪しがロズベルグにテストドライブしてもらうと全く参考にならないそう

なぜか?平たく言うと運転が上手過ぎて、ダメなモノでもソコソコ速く走らせてしまうんだそう

F1で才能を開花させる人間は時として

コンピュータでの試算や機械の正確さを凌ぐエピソードを残すんだけど彼もそうだったらしい

画像


1984年の時点でのち(1998年頃?)に登場する「子持ちウィング」あったんだ

画像


キマシタ!ウィリアムズホンダFW11B

しかもネルソン・ピケのマシンじゃん!

1987年のマシンこの年は初のワールドタイトルを獲得

当時F1に初めてターボエンジンを持ち込んだルノーエンジンを搭載する

ロータスルノーに所属していたアイルトン・セナはホンダエンジンのパワフルさに驚愕

ホンダエンジンに乗りたいと当時のホンダ総監督桜井淑敏氏に直談判に行ったほどの圧倒的強さを発揮した

画像


世間では「レッド5」とか言うけどアタクシはピケ派です

画像


画像


コークボトルなラインと今のF1では考えられないほど巨大なリアウィング

画像


エンジン

当時は予選でターボの加給圧に制限が設けられてなかったので一部解説には1500馬力とか言う数字も目にした

次はいよいよあのマシンが・・・

つづく

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック